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東京地方裁判所 平成9年(ワ)30号 判決 1997年8月26日

原告

桶谷松幸

被告

株式会社スリーエス

右代表者代表取締役

福田武

右訴訟代理人弁護士

西村捷三

小林生也

櫻井美幸

平成九年(ワ)第三〇号事件被告訴訟代理人弁護士

奥田真与

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二八万五七〇四円並びに内金八万四五〇四円に対する平成八年一二月二九日から、内金九万二五五二円に対する平成九年一月二九日から、及び内金一〇万八六四八円に対する平成九年三月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告が、原被告間の労働契約に基づき、別紙物件目録一<略、以下同じ>記載の建物を使用する権原を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立て)

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、平成六年七月四日、被告に雇用され、スーパーマーケット、地下鉄の駅等において警備業務に従事してきたが、業務上疾病にかかり、平成八年九月二四日から同年一〇月一〇日まで療養のため休業した。

(二)  原告は、その後被告に就労を求めたが、被告は原告の就労すべき業務を指示しない。

2  平成八年一一月一六日から同年一二月一五日までの休業手当、同年一二月一六日から平成九年一月一五日までの休業手当及び同年一月一六日から同年二月一五日までの休業手当は、別紙「請求の趣旨及び原因」1ないし3のうち、各「請求の原因」欄記載のとおり、それぞれ金八万四五〇四円、金九万二五五二円及び金一〇万八六四八円である。

3  原告は、原被告間の労働契約に基づき、平成六年六月二九日から別紙物件目録一記載の建物を使用しているが、被告は原告が右建物を使用する権原を有することを争っている。

4  よって、原告は、被告に対し、労働基準法二六条に基づき、休業手当金合計金二八万五七〇四円並びに内金八万四五〇四円に対する平成八年一二月二九日から、内金九万二五五二円に対する平成九年一月二九日から、及び内金一〇万八六四八円に対する平成九年三月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、並びに原被告間の労働契約に基づき、別紙物件目録一<略>記載の建物を使用する権原を有することの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

(請求の原因に対する認否)

原告主張の請求原因事実のうち、被告が原告を雇用し、原被告間に雇用関係が存していたこと、被告において、原告が別紙物件目録一記載の建物を使用する権原を有することを争っていることは認める。

(被告の主張)

1 原被告間では、平成八年一二月三日、東京簡易裁判所において次の内容の調停が成立している(平成八年メ第五七三二号調停事件、右のとおり成立した調停を以下「本件調停」という。)。すなわち、原告は、同日、被告と合意の上で被告を円満に任意退職し、原告は、別紙物件目録二<略、以下同じ>記載の建物(別紙物件目録一記載の建物の一部に当たる。以下「本件建物」という。)について何らの使用権原のないことを認めて平成九年一月三一日限り右建物を明け渡すことを約し、他方、被告は、原告に対し、未払給料二六万〇七五八円及び解決金一五万円、以上合計金四一万〇七五八円を支払い、当事者双方は、この調停条項に定めたもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認した。

2 請求の趣旨第一項に係る請求のうち平成八年一二月三日までの休業手当の請求及び請求の趣旨第二項に係る請求は、本件調停の調停調書の既判力に抵触するので、却下されるべきである。また、請求の趣旨第一項に係る請求のうち平成八年一二月四日以降の休業手当の請求については、仮に既判力自体には抵触しないとしても、裁判所の調停において右のとおり合意が成立したにもかかわらず、直後にこれと相反する請求に及ぶもので、訴権の濫用といわざるを得ず、却下されるべきである。

3 1で述べたとおり、本件調停において、原告が被告を退職し、平成九年一月三一日限り本件建物を明け渡すことが合意されたのであって、原告の請求は、本件調停で解決済みのものであり、理由がない。

三  被告の主張に対する原告の主張

平成八年一二月三日、東京簡易裁判所において、平成八年メ第五七三二号調停事件につき原被告間に本件調停が成立した旨の調書が作成されているが、右調書記載の調停条項は、相手方である被告の言い分をまとめたものにすぎず、原告はその内容を承諾していない。よって、本件調停は無効である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告の請求と本件調停との関係

1  原被告間の紛争と本件調停による解決

被告が原告を雇用し、原被告間に雇用関係が存していた事実は当事者間に争いがなく、この事実に、成立に争いのない(証拠略)並びに弁論の全趣旨を併せて考えると、原告は、平成六年七月四日、被告に雇用され、警備業務に従事してきたが、就労しない状態が続く状況下において、東京簡易裁判所に被告を相手方として調停の申立てをしたこと(平成八年メ第五七三二号調停事件)、当時、原被告間には、被告が原告に支払うべき未払賃金の有無、雇用関係存続の可否、原告による本件建物の使用継続の可否その他の原被告間の雇用関係に関する紛争があり、原告はこの紛争の解決のために右調停の申立てをするに至ったこと、調停委員会で調停が行われ、平成八年一二月三日、原被告間に合意が成立して本件調停が成立したこと、すなわち、原告は、同日、被告と合意の上で被告を円満に任意退職し、原告は、被告に対し、本件建物について何らの使用権原のないことを認めて平成九年一月三一日限り本件建物を明け渡すことを約し、他方、被告は、原告に対し、未払給料金二六万〇七五八円及び解決金一五万円、以上合計金四一万〇七五八円を支払う義務があることを認め、調停委員会の席上で全額支払い、当事者双方は、この調停条項に定めたもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認したこと、右のとおり、原被告間に合意が成立し、これが調書に記載されて本件調停が成立したこと、原被告間の雇用関係に関する前記紛争は本件調停が成立することにより解決され、本件調停の内容どおりに原被告間の権利義務関係が定められたこと、以上のとおり認めることができ、原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

2  原告の請求と本件調停との関係

(一)  原告の請求のうち、平成八年一一月一六日から同年一二月三日までの休業手当の支払請求(請求の趣旨第1項の一部)は、原被告間の労働契約を請求の原因とする請求である。しかし、前記のとおり、本件調停において、被告が原告に対し、平成八年一二月三日までの未払給料金二六万〇七五八円及び解決金一五万円、以上合計金四一万〇七五八円を支払う義務があることを認め、調停委員会の席上で全額これを支払ったことが確認されているのであって、これらが原被告間の労働契約に基づく原告の平成八年一二月三日までの賃金支払請求権に関する法律関係の決定、解決の意義を有することは明らかである。そうすると、原告の前記請求は、本件調停において右のとおり権利義務の内容が確定され、支払まで完了した請求権が依然として存在することを主張することとなり、本件調停において既に解決済みである法律関係についてその解決内容に反する主張をすることを前提としていることになるが、原告がこのような主張をすることはできないものというべきであるから、原告の前記請求は理由がない(最高裁判所昭和四三年四月一一日第一小法廷判決民集二二巻四号八六二頁参照)。

(二)  原告の請求のうち、原告が原被告間の労働契約に基づき別紙物件目録一記載の建物を使用する権原を有することの確認請求(請求の趣旨第2項)は、原告が被告との間で労働契約上の地位を有することを請求の原因とするものであり、本件調停成立後の時点での確認請求ではあるが、まず、別紙物件目録一記載の建物の一部に当たる本件建物については、本件調停において、原告が平成八年一二月三日、被告と合意の上で被告を円満に任意退職し、原告は、被告に対し、本件建物について何らの使用権原のないことを認めて平成九年一月三一日限り本件建物を明け渡すことを約しているのであって、原告の前記確認請求も、原被告間の労働契約を使用権原と主張して請求の趣旨に掲げて確認請求の対象としている以上、本件建物の限度では、本件調停において既に解決済みである法律関係についてその解決内容に反する主張をすることを前提としているものといわざるを得ず、原告がこのような主張をすることはできないものというべきである。

また、別紙物件目録一記載の建物のうち、本件建物以外の部分については、原告がこれを使用する権原を有することについて何らの証拠がない。

よって、原告の前記確認請求もすべて理由がない。

(三)  原告の請求のうち、平成八年一二月四日以降平成九年二月一五日までの休業手当の支払請求(右(一)に掲げた請求部分を除く請求の趣旨第1項)は、本件調停成立後に発生したと主張する請求権を根拠としているが、右請求は、本件調停前に存していた原被告間の雇用関係が依然として存続し、原告が被告との間で労働契約上の地位を有するものであることを請求の原因とするものであり、これを前提に、休業手当の支払請求権を有することを主張するものである。しかしながら、前記のとおり、本件調停において、原告が平成八年一二月三日、被告と合意の上で被告を円満に任意退職し、原告が被告に対し、本件建物について何らの使用権原のないことを認めて平成九年一月三一日限り本件建物を明け渡すことを約し、他方、被告が原告に対し、未払給料金二六万〇七五八円及び解決金一五万円、以上合計金四一万〇七五八円を支払う義務があることを認め、調停委員会の席上で全額支払い、当事者双方は、以上のほか、何らの債権債務のないことを相互に確認している。すなわち、原被告間の雇用関係に関する前記紛争は、右のとおり、原被告間に合意が成立して本件調停が成立することにより解決され、本件調停の内容どおりに原被告間の権利義務関係が定められたのであって、本件調停の内容は、平成八年一二月三日に原被告間の労働契約が終了し、原告が前記紛争に関しては他に債権を有しないことの確認をも含むものであり、原告はこの点の合意内容に反する主張をすることはできないものというべきである。そうすると、原告の前記請求は、本件調停成立後に発生したと主張する請求権を内容とするものではあるが、右合意内容に反する主張をすることはできないから、右の労働契約とは別に原被告間の労働契約が締結されたことを主張立証することを要する。しかるに、そのような事実の主張立証はないから、原告の前記請求も理由がない。

(四)  被告は、原告の請求が本件調停の調停調書の既判力に抵触すること、又は訴権の濫用に当たることを理由に、本件訴えについて却下の判決を求めるが、本件は、訴えを却下すべき場合ではなく、以上述べたとおり、本件調停において権利義務の内容が確定され、既に解決済みである法律関係について、原告がその解決内容に反する主張をすることができないこと等を理由として、原告の請求を棄却すべき場合に当たるものというべきである。

二  本件調停の無効の主張について

調停の無効を主張するには調停無効確認の訴えを提起することを要するものと解するのが相当であるが、本件では訴えの形式の点を問題とせずに本件調停が無効である旨の原告の主張について検討すると、原告は、本件調停に係る調停条項は、調停の相手方である被告の言い分をまとめたものにすぎず、原告はその内容を承諾していなかったものである旨主張し、これを理由に、本件調停が無効であると主張するものであって、原告本人の供述中には原告の右主張に沿う部分があるが、原告本人の右供述部分を採用することができないことは一で述べたとおりである。他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

三  結論

以上の次第であって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

《別紙》

請求の趣旨及び原因 1

請求の趣旨

1 金84,504円

2 上記金額に対する{平成8年12月29日}から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金

3 金4,105円(申立手続費用)

請求の原因

1 労働契約の日 平成6年7月4日

2 賃金 月給141,860円(諸手当別途支給)

3 支払期日 毎月15日締め、当月28日支払

平成8年度12月分休業手当請求(11月16日~12月15日マデ)

(7月分総支給額+8月分総支給額+9月分総支給額)/92日=1日分の賃金

7月・8月・9月・給料明細3ケ月分合計額を3ケ月の日数92日で割り、一日の平均賃金を求め、その額の60%を1日分の休業手当にし、日数を加算し請求します、

(176,813+180,610+259,487)/92=6,706 1日分の平均賃金

6,706×0.6=4,024円(1日分の休業手当)

休業日数21日有ります。

4,024×21=84,504

平成8年12月分休業手当請求額 ¥84,504

請求の趣旨及び原因 2

請求の趣旨

1 金92,552円

2 上記金額に対する{平成9年1月29日}から完済まで年5分の割合による遅延損害金

3 金4,105円(申立手続費用)

請求の原因

平成9年度1月分休業手当請求(平成8年12月16日~平成9年1月15日マデ)

1日分の休業手当4,024円 別紙記載のとおり

4,024×23日=92,552

休業日数23日有ります。

平成9年1月分休業手当請求額 ¥92,552

毎月15日締め、当月28日支払

請求の趣旨及び原因 3

請求の趣旨

1 金108,648円

2 上記金額に対する平成9年3月1日から完済まで年5分の割合による遅延損害金

3 金4,355円(申立手続費用)

請求の原因

平成9年度2月分休業手当請求(1月16日~2月15日マデ)

(7月分総支給額+8月分総支給額+9月分総支給額)/92日=1日分の平均賃金

(176,813+180,610+259,487)/92=6,706円(1日分の平均賃金)

6,706×0.6=4,024円(1日分の休業手当)

平成8年度7月・8月・9月度給料明細3ケ月分合計金額を、3ケ月の日数92日で割り、一日の平均賃金を求め、その額の60%を1日分の休業手当にし、日数を加算し請求します。

従って、休業日数27日有ります。

4,024×27=108,648

平成9年度2月分休業手当請求額 ¥108,648

毎月15日締め28日払い

《別紙》

平成9年度1月分休業手当請求(平成8年12月16日~平成9年1月15日)マデ

平成8年度7月・8月・9月分各給料明細 3ケ月分合計金額を3ケ月の日数92日で割り、一日の平均賃金を求め、その額の60%を1日分の休業手当にし、日数を加算し請求します。

(7月分総支給額+8月分総支給額+9月分総支給額)/92日=1日分の平均賃金

(176,813+180,610+259,487)/92=6,706(円)

6,706×0.6=4,024(円)(1日分の休業手当)

休業日数23日有ります。

4,024×23=92,552

平成9年度1月分休業手当請求額 ¥92,552

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